パチンコで負けた帰り道
パチンコで負けた帰り道、コンビニで買い物をした時のことです。
店員さんと喋るのも億劫でした。
一日中パチンコを打ち、負けて帰る私の心理をご紹介します。
その時の心理
パチンコでやられまくった自分から見ると、
コンビニで真面目に働き、時給を稼いでいる店員さんの方が上に見える。
目も合わせられない。
一日中、生産性の無い行為をしてしまった罪悪感。
今日一日、何一つ言葉も発していない。
誰の為にもならない行為をし、ストレスはMAX。
もし今日パチンコに行っていなければ…
・ご馳走をたくさん食べられた
・ラグジュアリーな旅行にも行けた
・副業などでお金や経験を増やせた
でも現実は
夜ご飯はコンビニで買った少し高いビールとジャンクフード。
スーパー銭湯で一日中リフレッシュ出来たはずなのに、
今は真逆の状態。
家族サービスも出来ず、
体も心も財布の中身もボロボロ。
みんなの前でも穏やかに居ることが出来ない。
完全にお金と余裕を失い、
他人と話す余力も残っていない。
…。
次の休みはどう過ごすのだろう?
来週もきっとパチンコ、、、
本当にやめなければと思った出来事
借金をしていることが、家族にバレた。
借金取りから連絡が来て、隠しきれなくなった。「このままではダメだ」と初めて本気で思った瞬間だった。
限界まで追い詰められていた
パチンコの借入限度額はMAX。現金もゼロ。クレジットカードのショッピング枠で商品を購入し、それを売却して現金を作った。それでもパチンコに行った。
手持ちが1,500円しかない日も、給料日まであと3日あるのにホールへ向かった。家財道具で売れるものは全て売った。それでも足りなかった。
今考えると信じられないが、その時は「取り戻せるかもしれない」という気持ちしかなかった。それが依存の怖さだ。
帰り道に気づいた「普通の生活」の価値
パチンコの帰り道、スーパーで買い物をしている人たちを見た。カゴに食材を入れて、表情に余裕がある。楽しそうに話している。
こっちは連チャンがすぐ終わったことをクヨクヨ考えて、失ったお金のことしか頭にない。
その差があまりにも大きかった。「普通に生活している人の方が、よほど豊かだ」と思った。パチンコに行かなければ、時間もお金も自然と手に入る。それだけのことなのに、なぜできなかったのか。
パチンコって「やめよう」と思うだけでは、ほぼ無理です。
自分も何度も失敗しました。
全体の考え方や方法は、こちらでまとめています。
▶ パチンコをやめる方法まとめ
実際にやめるための具体的な方法はこちらです。
▶ パチンコ「やめる」という意思だけでは無理。並行して複数の仕掛けを作る。
その出来事が「気づき」になった
パチンコを辞めたほうがいいと思う出来事は、一度だけではなかった。何度も「これはまずい」と感じた。でも、すぐには動けなかった。
依存している状態では、気づいても行動が変わらない。気づきがあることと、やめることの間には大きな壁がある。その壁を越えるのは、気持ちだけでは難しい。環境が変わるか、物理的な仕掛けが必要だ。
「もったいない」と感じた瞬間
一番リアルに「辞めたほうがいい」と思ったのは、パチンコ屋の帰りに財布の中身を見たときだ。あれだけ時間を使って、結果が空っぽの財布。その虚しさは言葉にならなかった。
でも次の日にはまた行く。それが依存症だ。感情が行動を変えてくれないなら、環境を変えるしかない。
やめた今、あのころの自分に言いたいことがある。「気づいているなら、今すぐ仕掛けを一つ作れ」と。気持ちより仕組みが先だ。
辞めようと思った出来事、その後
辞めようと思った出来事があっても、その日すぐにやめられたわけではない。気持ちが戻ると、また行ってしまう日もあった。でもその出来事の記憶は残り続けた。
やめようと思った瞬間は、出口に一番近い瞬間だ。その気持ちが冷める前に、一つだけ行動してほしい。誰かに話す、電話を一本かける、財布から現金を出す。それだけで、次が変わる可能性がある。
「辞めようと思った出来事」は、誰にでもある。その瞬間に一つだけ行動することが、出口への最初の一歩になる。
「辞めた方がいい」と思った瞬間は、人生の中でも特別な瞬間だ。その気持ちを大事にしてほしい。行動はその後でいい。まず気持ちを持ち続けること。
あの出来事が転機になった
「辞めた方がいいと思った出来事」は、今でも鮮明に覚えている。あの経験がなければ、今もまだパチンコをしていたかもしれない。人生の転機は、いつも痛みを伴う出来事として来る。その出来事を無駄にしないために、行動に変えることが大事だ。


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