挨拶について、「やっててよかった」と確信した小話があり、今回はそのうちの2つをご紹介。
どちらも特別なことは何もしていない。ただ、声を出して挨拶した。それだけだ。
小話1:リゾートバイトのホテルで
20代のころ、リゾートバイトでホテルの配膳をしていた。
そこにはいかにも「職人」という雰囲気の和食担当がいた。いつも無口で、眉間にシワを寄せていて、近寄りにくいおっさんだった。
ある日、ミスをして厳しく怒鳴られた。正直、かなりへこんだ。
でも次の日も、その次の日も、廊下ですれ違うたびに「おはようございます」と大きな声で挨拶し続けた。
数日後、廊下でその職人とまたすれ違ったとき、ぼそっと言われた。
「お前、その挨拶……ずっと続けろよ。」
あの無口な職人が、認めてくれた瞬間だった。感動ものです(泣)
小話2:松屋の「ごちそうさまでした」
知り合いの洋菓子屋でバイトをしていたとき、毎日近くの松屋でランチを食べていた。
毎回、席を立つときに「ごちそうさまでした」と声に出して言っていた。
それだけ。特に意識していたわけでもなく、ただ習慣でやっていた。
ある日、その松屋のバイトさんが洋菓子屋に買い物に来た。レジで対応しようとしたら、向こうが先に気づいて言った。
「あ、いつも来てくれてるお客さんですよね。感じがいいって、みんなで話してたんです。」
松屋のバイトのあいだで、「感じのいいお客さん」として話題になっていたらしい。
最強ですやん。
「ごちそうさまでした」の一言が、知らないところで評判になっていた。挨拶は見えないところで積み上がっていくものだと、この話を聞いたとき本当にそう思った。
挨拶は「やり続ける」ことが全て
2つのエピソードに共通しているのは、「1回だけじゃない」ということだ。
怒鳴られた翌日も挨拶した。毎日ランチのたびに「ごちそうさまでした」と言った。
続けたから、向こうに届いた。
挨拶は才能でも努力でもない。やるかやらないか、続けるか続けないか、それだけだ。
前回の記事(挨拶と返事は大きな声で)で「なぜ挨拶が大事か」を書いた。このエピソードは、その答えそのものだと思っている。
パチンコをやめてから、人と向き合う余裕が生まれた気がする。挨拶ひとつとっても、以前は「どうせ」と思ってやらなかったことが多かった。今はちゃんとやれる。それだけで少し、世界が変わる。
▶ パチンコをやめることで人生が変わった経緯はこちら:【完全ガイド】パチンコをやめる全手順まとめ
▶ パチンコをやめるための具体的な仕掛けはこちら:パチンコをやめるための仕掛けを作る
▶ 次の記事(仕事術③):早く動くことが最も認められるスキル→ 早く動く|どの仕事でも認められる圧倒的スキル
挨拶が「習慣」になるまで
2つのエピソードに共通しているのは、「1回だけじゃない」ということだ。毎日続けていたから、向こうに届いた。
挨拶を意識し始めた最初のうちは、正直しんどい。特に反応が薄い相手には続けにくい。でも、それでもやり続けることが全てだ。
人間は習慣の生き物だ。何度も繰り返すうちに、挨拶することが「当たり前」になる。そうなれば意識しなくてもできるようになる。意識しなくてもできるから、エネルギーを消費しない。これが本当の習慣だ。
パチンコをやめた後に気づいたこと
パチンコをやめてから、人と向き合う余裕が生まれた。以前は「どうせ」と思ってやらなかったことが多かった。挨拶も、その一つだったかもしれない。
依存しているときは、自分のことで精一杯だ。他人に声をかける余裕がない。やめると、その余裕が戻ってくる。小さなことから変わっていける。挨拶はその入口として、一番手軽で、一番効果が出やすいと今は思っている。
挨拶は自分を変える最初の一手
挨拶を変えるだけで、自分の評価が変わるとは最初は思っていなかった。でもあの職人のひと言から始まって、挨拶が習慣になった。そして周りの見え方が少し変わってきた。
大きな変化は、小さな習慣から始まる。挨拶はその中で最もコストが低く、最も始めやすいものだ。特別なお金も時間も能力もいらない。今日から、今この瞬間から変えられる。
パチンコをやめると挨拶ができるようになる
依存しているときは、自分のことで精一杯で他人へ意識が向きにくい。挨拶も形式的になりがちだ。やめると、その余裕が戻ってくる。周りに目が向くようになる。
挨拶が変わったのは、パチンコをやめたことと無関係ではないと思っている。余裕が挨拶を変え、挨拶が人間関係を変え、人間関係が仕事を変えていく。つながっている。
パチンコをやめたい方はこちら:パチンコをやめる方法|完全ガイド
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