生まれてから、なぜ生まれたのか、誰も答えてくれない。
何をすればいいかもわからないまま、とりあえず親や大人の言う通りに動くしかなかった。
そもそも、生誕の時、スタートの時点から、何も自分で決めることができなかった。自我に気づく頃には、まだ幼くか弱い生命。もうすでにレールに乗っかっていた。
多くの人はマイナーチェンジしかできない
途中で疑問が浮かんでも、スタート時の基本設定がわからないから、それはせいぜいマイナーチェンジ程度の発想でしかない。
人生の根本を変えようとしているようで、実はその枠の中でしか考えられていない。
生まれる前に難易度を設定してきた説
ここからは、一つの仮説の話だ。
もしかしたら人間は、生まれる前に自分で難易度を設定してきたのかもしれない。ゲーム感覚で。
難易度が高い設定を選ぶと、性格がネガティブだったり、体質が弱かったり、生きる上でのヒントが少なかったりする。
難易度イージーを選んだ場合は、幼少期から何でも器用にこなして、「できる子」として扱われ、元々のオプションが頭の中にたくさん入っている。いわゆるヌルゲーだ。おそらく楽にクリアして、さらなる挑戦を続けているのだろう。
そしてこの設定やゲームの存在に気づくと、プレイヤーである我々はつまらなくなる。だから生まれた瞬間に、一切の記憶は消える仕組みになっている。
苦労している人はヒーローかもしれない
そう考えると、今の人生で苦労している人は、難易度が高い設定を選んできた可能性がある。
その不遇な境遇から這い上がろうとしている。傍から見れば、ヒーロー的な存在かもしれない。(笑)
現実を生き抜くのが経済的・精神的に辛いと感じることがあれば、このゲーム理論を思い出してほしい。
だって、自分で設定したことだから。その時の強い自分を思い出すだけでいい。
「神は乗り越えられない試練は与えない」という言葉があるが、このゲーム理論でも同じことが説明できる。
人生、俯瞰すれば実はたいしたことはない
人類を滅亡するような出来事が来ようが、彼女にふられようが、オリンピックで金メダルを取ろうが、会社を潰そうが、ビジネスを成功させようが、詐欺に引っかかろうが。
俯瞰してみれば、実はどれもたいしたことはない。
極端な例を挙げたが、ここで言いたいのは「考え方で人は生きやすくなる」ということだ。
ボスが現れたら、クリア条件を考える
現実に壁が現れることはしばしばある。そんなとき、嘆いたり諦めたりするのではなく、そのステージのボスが現れたと思ってみる。
クリアに必要なスキルを習得する。アイテムや道具をゲットする。一人で勝てない敵や難問なら、共に戦う仲間をつくる。あるいは物理的な体力をつける。
まだまだ力が足りないなら、ひたすらレベル上げの修行だと自分に言い聞かせながら、日々苦手なことから逃げずに立ち向かう。
人生はゲームだ。そう思えると、少しだけ楽になる。
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