仕事を飛んだ。夜逃げだ。
岡山から、名古屋まで飛んだ。飛ぶのはこれで3回目やった。
なんで名古屋か。パチンコのメッカやと思ってたからや。
ここでパチンコで食っていく。本気でそう考えていた。
前に飛んだときの話はこちら。
→ 仕事を飛んだ日のこと|西成に身を潜めてパチンコ三昧だった頃
閉店間際にゲーム数をメモって、車中泊
名古屋での毎日は、こういう流れやった。
- 閉店間際にホールへ行き、スロットのめぼしい台を数台選んでゲーム数をメモって帰る
- スーパー銭湯で風呂に入る
- 24時間開いてるスーパーで、安売りの弁当を食べる
- そのスーパーの駐車場で車中泊する
- 次の朝、昨日メモった台の挙動やゲーム数をチェックしながら、ボーダー超えのパチンコを打つ
いわゆるハイエナ戦法や。
これだけでは食っていかれへん
ハイエナだけでは食っていかれへん。
だから日中の仕事も探していた。応募したのは、パチンコ製造の派遣。先方からの連絡待ちやった。
大阪の連れから、電話が来た
そんな矢先、地元大阪の連れから連絡が来た。塗装屋をやってる奴で、「仕事手伝ってくれ」と言う。
夢のパチンコ生活を始めたばかりや。帰りたくなかった。
でも金はない。借金まみれ。
背に腹はかえられぬ。戻れば、すぐに仕事と住まいが手に入る。
とりあえず、そこでしのごう。そう決めた。
当時の俺はクズやった
借金まみれで、パチンコ生活。一番やったらアカンことや。
当時の俺はクズやったな。
でも、脳が毒されてたんやろな。ドーパミンに支配されていた。
- パチンコ中毒で、嫌なことから逃げていた
- 思考停止になっていた
- 仕事までパチンコ関係しか選ばなかった
仕事まで選ぶ基準がパチンコ。冷静ではない。
借金があると頭がどうなるかは、こちらに書いた。
→ 借金があると脳がアホになる|400万の借入でも何とも思わなくなった話
抽選で1番を引いても、台はなかった
その後も、パチンコと借金は続いた。
ある日、朝の入場抽選で1番を引いた。
入場して、狙いの朝一ランプ点灯台を押さえに行った。ところが、既にペットボトルが置かれていた。
別のイベントの日は、まあまあの良番を引いた。でもイベント台は、全部軍団に押さえられていた。
パチンコで金を稼ぐこと自体が違う
店と揉めたとか、軍団の不正と戦ったとか、そういう話がしたいんやない。
そもそも、パチンコで金を稼ぐってこと自体が違うんやと思った。
パチンコを打っている時間は、世の中の何の役にも立たない。
同じ時間、汗水垂らして必死で働いて、世の中に貢献している人もいてる。
どっちが偉いとかの話でもない。
パチンコ屋は会社やない。遊技場や
パチンコには、何の保証もない。
「全部嘘でした」と言われても、歯向かえない。
ここは金を稼ぐ場所ではない。会社ではない。
遊技場なんや。
そして、パチンコを辞めた
こんな出来事が重なった。
その後、あの塗装屋の連れには金を騙し取られたりもした。
→ 友達に金を貸すな|数十万を貸して、飛ばれた話
そして、パチンコを辞めた。
辞めた理由は、こちらにまとめた。
→ 30年通った俺がパチンコを辞めた理由|負けた帰り道と、借金がバレた日
ほんまにやりたいなら、金を貯めてからやればいい
ほんまにやりたかったら、めちゃくちゃ金を貯めてからやったらええやんと思う。
だいたいパチンコをやる奴は、当時の俺と同じや。金がない奴、借金してる奴。
1万円の価値が大きい奴やねん。そら1万円は大事や。
でも、資産を増やして1万円に動じなくなれば、血眼になってパチンコをすることはなくなる。
だから、めちゃくちゃ金を貯めて、老後の楽しみにしたらいいやんって思う。
離れてみたら、そんなに面白いものではなかった
ただ、パチンコから離れることができると気づく。そんなに面白いものではない。
ゲーム性は皆無や(笑)
今は、パチンコやスロットの話をしている奴を冷めて見てしまう。
だって、いつもパチンコの話しかせんからな。それ以外のことは全く言わへん。
これはほんまや。
パチンコをやめたい方はこちら:
→ パチンコをやめる方法|完全ガイド
意志だけではやめられない理由と、具体的な仕掛けの作り方はこちら。
→ 意思だけでは無理・複数の仕掛けを作る


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