正攻法でやり続けた
パチンコはオカルトを信じなかった。ボーダーライン、ハイエナ、設定狙い、ゾーン狙い、イベント狙い。全て正攻法でやってきた。
しかしそれでも勝てない現実があった。
軍団には勝てない。集団で抽選を受けて、良い番号を取られる。朝一番に入場したのに、すでに席にペットボトルが置かれていた経験がある。店と繋がっている常連がいることも分かってきた。
正攻法を極めようとすればするほど、「それでも勝てない理由」が見えてきた。
データは本当に正しいのか
パチプロとして生きていくことを真剣に考えた時期がある。
メーカーや雑誌が発表しているデータは本当に正しいのか。もしそのデータが違っていたら、全ての計算が崩れる。いくら正攻法を貫いても、土台が間違っていれば意味がない。
その疑問が頭から離れなくなった。
何年も無駄にした先に残るもの
もう一つの現実に気づいた。
パチンコに何年も費やした後、手元に残るのは何か。お金ではない。スキルでもない。経験でもない。
年齢だけが重なり、スキルのない状態でまた嫌な仕事に向き合わなければならない。年下の部下にこき使われる未来が待っているかもしれない。
それに気づいた時、初めて「今から何かを積み上げなければ」と思った。
ギャンブルで人生は変わらない
ギャンブルで大勝ちしても、人生は変わらない。
宝くじで当てて人生を変えようという考えは、今の人生を捨てているのと同じだ。なぜか。「当選したら仕事をやめて好きに生きよう」と思っているなら、それは今の人生を諦めているということだからだ。
そもそも宝くじに当たる確率は天文学的な数字だ。「当たりがあるから当たるかもしれない」という論理は、パチンコの「そろそろ当たるはず」と全く同じ思考だ。
さらに言えば、宝くじの抽選が本当に正しいのかどうか、私たちには確認できない。パチンコのデータが正しいかどうか分からないのと同じで、信じるしかない情報に自分の人生を賭けるのは、思考停止だ。
ギャンブラーの特性として、この思考停止がある。不確かなものに期待することが習慣になってしまっている。何も苦労せずに大金を手にしようとする発想が、現実から目を背けさせる。
お金は自分が稼げるようになって、初めて意味を持つ。それが人生の正攻法だと気づいた。
パチンコ屋の居心地の正体
パチンコ屋は居心地がよかった。空間が落ち着く。人と話さなくていい。コーヒーレディからコーヒーをもらう楽しみもあった。
しかしその居心地は、お金がある間だけだ。お金が尽きれば、店員さんは頭を下げてくれない。居心地のよさはお金で買っていたに過ぎない。
脱出できたのは環境のおかげだった
正直に言う。私がパチンコをやめられたのは、自分の意志だけではない。環境が変わったことが大きかった。
友人はいまも依存したままだ。意志が弱いわけではない。環境が変わらなかった。それだけの差だと思っている。
パチンコをやめたいなら、意志よりも環境を変えることを先に考えた方がいい。
今から一歩ずつ進む方が、よほど豊かだ
サラリーマンでも、転職を視野に入れる。今の会社で成果を上げる。本を読む。不器用でも全力で仕事をする。人間性を磨く。
そういったことを積み上げている今の方が、パチンコに通っていた頃より充実している。日々一歩ずつ進んでいる感覚がある。
ギャンブルで人生を変えようとするのは、神頼みだ。自分の力で変えていく方が、遅くても確実だ。
全体の考え方や方法は、こちらでまとめています。
▶パチンコをやめる方法まとめ
やめるための具体的な方法はこちらです。
▶パチンコ「やめる」という意思だけでは無理。並行して複数の仕掛けを作る。


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